アジアの街。麗江編
地球上で好きな場所。
雲南省・大理旅行2004
お薦めゲストハウス・ベスト3! 2日目
6日間の上海一人旅 5日目-050503
6日間の上海一人旅 4日目-050502
6日間の上海一人旅 3日目-050501
6日間の上海一人旅 2日目-050430
6日間の上海一人旅 1日目-050429
6日間の上海一人旅

中国・雲南省 麗江
独自の象形文字・東巴(トンバ)文字を持つ納西(ナシ)族が暮らす古都・麗江は1997年世界遺産に登録された。以後、旅游ブームに湧く中国において麗江も多くの漢民族が訪れるようになりメインロードは旅行者相手のお土産屋が軒を連ねるようになりました。

思わずモノクロの写真で
撮りたくなった街・麗江
どれだけ街が観光化されてしまってもこの麗江の居心地は当分変わらないと思う。麗江はこれまで旅した街のなかでも"沈没"してもいいなと思えた街でありすごくオススメです。

ぼくが泊まったGHオーナー夫婦の息子さん。麗江の居心地良さのひとつはGHが民家ってことです。GHに着くなりお茶を入れてくれ部屋を見る前からロビーで談笑しながらひまわりの種を一緒に食べました。日本帰国後息子さんの写真をGHに送ったら忘れた頃にオーナー夫婦からお礼の手紙が届きました。すべて中国語で。。

雨に打たれた石畳の街並みは
息を呑むほど綺麗に映った。
しかしそういうときに限って
隣を大声で通り過ぎる漢民族
つばを吐くのだけはやめてくれ!

中国は奥が深い。
北京 上海 香港 マカオ
昆明 大理 麗江 香格里拉
これだけ訪れても
行きたいところが筍の様に
生えてくる。 ラサ・・ 九塞溝・・

題名は非常~に大袈裟ですが、ぼくは空港が大好きです。飛行機も好き。昔は「空港で働きたい!」って口癖のように言ってましたが今では似ても似つかない仕事をしております。。でも、、『たまに訪れる空港』がいいのかもしれませんね~。。
2005年4月29日

pm22:00 ぼくは上海浦東国際空港に降り立ちました。思いのほか空港はすいていて深夜の空港を思わせATMは故障中(out of order)の赤い文字、入国審査のカウンターで写真を撮って怒られたので凹んだ上海到着1日目を過ごしました。
移動時間ランキングバス部門で番外編に載っている昆明-大理のバス旅を綴っていこう。まず僕が中国は雲南省・昆明-大理-麗江-シャングリラ-麗江-昆明と旅をしたのは1年半前の2004年4月、ちょうどバンコクへ留学行ってるときでした。









左から右へ
順に
1.昆明空港
2.バスストップ
3.昆明市内
4.夜行バス
5.大理市内1
6.大理市内2
7.大理市内3
8.大理市内4
9.八百屋
昆明-大理間の夜行バスはうる覚えでだいたい100元(≒1300yen)
人ひとりはいればいっぱいのベッドでとても狭かったけど、
中国語に囲まれながらの夜行バスはそれはそれで良い想い出になりました。
ぜひ
中国旅行ブログもご覧ください☆
これまで行った北京・雲南省・上海の旅を綴ってます。
さてさて、今日はお薦め海外ゲストハウス・ベスト2の発表です!あくまでこれは泊まってきた中でのベスト3なので、思い出のゲストハウス・ベスト3に近いかもしれません。
では、本日発表のベスト2のゲストハウスは?
・ 香港のゴダイゴゲストハウスで~す! いわずと知れた香港を代表するゲストハウスですね。それはラッキーGHと人気を2分し、1度は香港に訪れた日本人のバックパッカーがお世話になるGHです。立地も遊びに出るには悪くなく、ロビーには無数の日本語の本が置かれ、そのロビーではいつも旅人たちの会話が弾んでいます。これから日本に帰国する人、これからユーラシア大陸横断し始める人、ヨーロッパに飛ぶ人、これから中国に留学しに行く人、行き先を決めてない人、等々・・・まさにそこはイスタンブール、ヨーロッパとアジアが交わるのではなく、おのおの行き先の違う旅人が集まる十字路なのです。

香港の物価は意外に高く、ゲストハウスのドミでも1500円くらい掛かります。香港に寄ったときの旅のルートは日本-香港-タイ-韓国-日本だったのですが、香港と韓国ではドミでも1500円くらいしてちょっと驚きました。これまでタイやカンボジア、ラオス、中国・北京などを旅してきてたので500~600円の宿に慣れ過ぎてしまっていたのかもしれません。
でもアラブ首長国連邦のドバイで泊まったGHは1泊2500円くらいしてたなぁ。
この香港・ゴダイゴゲストハウスをベスト2に選んだのは金額や設備が良かったのではなく、旅では一番大事にしている
良き出会いがあったからなのです。
旅の良し悪しは出会いで決まるといっても過言ではありません。(持論ですが)

マレーシアのコタバルで出会ったのはアメリカ人のマーク(右の写真)、中国・麗江で出会ったのはドイツ人のカースティン、タイ・ラノーンで出会ったのはかわいいイタリア人のクリスティーナ、バンコクのシーロムで出会った今の彼女も入れておかないと怒られそうですが、いろいろな土地でいろいろな旅人または現地の方々と出会い別れを繰り返してきました。これこそが旅で得た最高の思い出だと感じます。
社会人になった今でも旅への思いは消えていません。長期的な旅はダメになったとしてもお金に関しては学生時代よりも若干幅が利くようになったので、今まで行ったことのない土地へ足を運んでみたいと思っています。とりあえず今年の夏はバンコクですが、違った国にも行ってみたいなぁ。後日思い出のゲストハウス・ベスト1をUPしますね。
実質的に上海最終日だった5月3日、僕は上海近郊に広がる水郷地帯へ日帰りで訪れようと目覚まし時計を朝6時にセットしてました。が、時計を1時間遅らせるのを忘れてため朝5時-まだ真っ暗だったドミトリーにアラーム音が鳴り響き、あわてて目覚ましを止めました。そこでそのまま起きてればよかったのですが眠気に負けて2度寝。起きたのはすでに9:30をまわってました。もう無理かと思いながら一応上海体育館横のバス乗り場へ足を延ばしたのですが、地下鉄上海体育館駅で降りたらなにやら人だかり。時間はすでに10:30を過ぎ、バス乗り場を探すのを諦めその人だかりの先を目指しました。

そこで見たのはこの48TH WORLD TABLE TENNIS CHANTION‐
SHIPSの看板。ちょうどこの前日彼女にメールを送るためネットをやった際、YAHOO!NEWSでこの大会のことを目にしてたのです。ただそのときは見出しを見ただけで内容は読まなかったので、すっかり忘れていました。ちょうどすることのなくなった僕は120元(約1560円)のチケットを購入し会場内へ足を運びました。

4つあったコートのちょうど真ん中、たくさんの声援が送られるその先に福原愛ちゃんペアが試合をしてました。(奥の右側) 写真はちょうど「サーッ!」ってガッツポーズを決めたとこ。この試合は中国のアテネ五輪金の選手がいるペアにストレートで負けてしまいました。

愛ちゃんぺアも負けてしまったので会場の外に出てコーラを飲んで休んでると目の前を試合を終えた愛ちゃんが通り過ぎていきました。中国人のファンがサインを求めるとスーツを着たガードマンが断ってました。
またまたやることのなくなった僕は淮海中路から新天地に広がるショップ巡りや足つぼマッサージ、スタバでゆっくりコーヒーを飲んだりと、のんび~りと上海最終日を過ごしました。なかなか古着屋や若者(男)向けのショップがなくて女性向けのショップが目立ったなかで僕の目を引いたのは

この楽天のT-シャツ。買わなかったですが・・値段は30元(約400円)。旅を終えた今、僕の手元には300元も残ってるのでちょっと買っとけば良かったかなとも思います。ネタになったかな。このショップでT-シャツ2枚購入しました。かなりのお気に入りです。8月のバンコク行った際はスニーカーを2-3足探してこようと思っています。旅をはじめた4年前から僕が履きつぶしたスニーカーはすべてタイで購入したもの。夜にカオサンのファミリーマート近くで店を開くスニーカーショップが仕入先。僕の影響でうちの彼女もスニーカーはほとんどここで購入。なんか上海の旅の思い出綴ってたのにバンコクのカオサンが懐かしくなりました。。上海もバンコクも買い物は楽しいです☆安いっすから!!
5月2日、上海の街は気持ちの良い日差しが射し、街を歩く足も軽くなりました。
中国では5月1日のメーデー(休日)から1週間ほど会社などが中休みとなり、
南京路や外灘(ワイタン)などは多くの観光客で賑わってました。(日本人少なし)

気持ちの良い日差しを背中に受け、上海の街を1日中歩き回りました。真ん中に見える塔は東方明珠塔というテレビ塔。微妙に韻を踏んでいる・・・ここからひたすら下町歩きをはじめました。

街を歩いてると読めそうで読めない看板が並び、中国語という漢字が旅のオブジェとなり僕のカメラに収まっていきました。旅中に使ったポケットサイズのメモ帳には筆談の際の中国語が残ってます。

そのメモ帳を見ると、どこでどんな人と話していたかという光景が頭に浮かんできます。『太麻検(木が火)不用了』-こんな漢字を見てもさっぱり意味がわからなかった。。GHに戻りドミで友達になったアロン(台湾人・メチャいいやつ)に意味を聞く。【ほかに何もいりませんか。】との意味だと教えてくれた。そうか僕が話していた子は住所のほかに何かいりませんかと聞いていたのだと半日遅れで気付く具合だ。また僕が撮ったデジカメを見せるとその子はこう記した。『你是記者?』-僕は記者ではないが記者に間違えられて光栄だった。

軒先に干される洗濯物 →
軒先に干されるアヒル ↓


名前も知らない串団子
1元=約14円。
道端で売られている食べ物は以外に絶品が多い!
早い・安い・あぶらっこい!
中国の食は油が要だ。
ただ写真の串団子は全然脂っこくなくふんわりしてて美味しかった。
自分の手が映っているのが若干気になる。
『ザ・職人技』
彼は腕一本で生計を立てているのだ。彼の左手中指がパイナップルに見えるのは僕だけだろうか。
僕はこのパイナップルを食べることはなかった。暖かい日差しのもと、十分日光に照らされた生ぬるいパイナップルを食べる勇気が僕にはなかったのだ。
彼の顔が渋い。
そしてどこか切ない。

高層ビルに代表される上海において、僕を和ませてくれたのは高層ビルの足元に広がるアジア的風景だった。タイも豪華ホテルや商業ビルのすぐ横にスラム街が広がっている。資本主義のタイに共産主義の中華人民共和国。「上海という街は確実に資本主義の流れが広がりを見せ、そこに住む住民は貧富の差や賃金とアパートなどの賃貸物価の格差に歪みを感じ始めているのかもしれない。」そんなことを思いながら街を歩いてました。「ただそういった歪みを背景に暴動などにならなければいいが・・・」とも思いました。そして街を歩きながら「投資するならガラス製造会社だな」と感じました。上海の高層住宅ビルはほんとスタイリッシュで、ただの建物なのにデジカメに収めてきました。一面ガラス張りの高層ビル好きなんですよ。ここで変な僕のフェチを紹介してもどうしょうもありませんが・・・上海の街の楽しみ方って旅人それぞれ違ってきますね。ガラスの使用量すごいっすよ。内藤証券で中国株でもチェックしてみます。
今度は上海最終日の5日目をUPします。では。
5月1日の朝は激しい雨の音で目覚めました。「せっかくの旅が台無しじゃないか。」憂鬱を抱えながらベッドを出たのを覚えてます。この旅で唯一雨に降られ、1日を棒に振ったわけですが、雨にもめげずコンビニで買った29元の折りたたみ傘を手に上海の街を歩き回りました。

日本を出るときほとんど服を持ってきていなかったので、まずは服を探しに近くにあった市場に出掛けてみました。結局ここでは服を買わなかったのですが、この上海の旅で服を計5着も買いました。自分の服は海外調達物ばかりです。

上海の旅で思い出すのはやっぱり食べ物ですね。漢字でのメニューを自分なりに想像して紙に書いて渡す、そして目の前に運ばれたものを食す。ひとりロシアンルーレットみたいなオーダーも旅の醍醐味。あつあつの小籠包に頬が落ちた落ちた。

魚香肉☆面5元。(☆糸糸のような漢字。) 美味しかった。 麺類はハズレないかなと思っていたけど、ほかで食べた牛肉拉面3.5元は麺のこしがなくてがっくりしました。ここの麺は美味しかったですよ。雰囲気も現地度100%の庶民店。中国人の会話、声でかし。目の前に居るのに・・・

上の麺を食べたお店。南京路からちょこっとはずれたところ。相変わらず中国人の服務員の態度は悪いが、味が良いので良しとしました。近くで食べた鮮肉包も絶品で舌を巻きました。う~ん

雨で台無しな上海での1日のうっぷんを晴らすべく、夜はひとりでクラブへ繰り出してきました。ここはかの小室哲哉がプロデュースを手がけたRojamというクラブ。トランスとHIP HOPが1度に楽しめる画期的な箱で、僕の着いた9時過ぎはガラガラで「大丈夫?」と思わず後退りしたけど、11時には満員に膨らんだフロアーで楽しく踊ってきました。日本じゃなかなかクラブに行けないので海外行ったら押さえてます。楽しい夜になりました。
3日目終わり。
上海2日目の4月30日。この日、上海の空は雲に覆われて比較的涼しくて過ごしやすく、そんな上海の街を歩いて、歩いて、適当にバスに乗って、また歩いてと、1日で筋肉痛になったくらい歩きまくりました。

上海の街といったら高層ビルに代表される大都市イメージがあると思いますし、自分も行くまではありました。でもやっぱり急成長を遂げる街並みとともにゆっくりと歴史を刻むアジア的下町がすぐそこに広がっていました。この旅ではそうした下町を歩き回ってきました。僕はこういった街並みを求めてたんだと思いながら。

歩き疲れ、ちょっと遠出しようとふらっと寄った駅で行き先を決めかねてました。なんせ地図を持ってなかったのです。そんなとき僕の目に留まった文字「魯迅記念館」。ってことで行ってきました。 ↓↓

魯迅といえば自分の大学の入学式、そして卒業式に創立者が言葉を引用したのが中国の大文豪・魯迅でした。記念館では直筆の文字を目の前にし、語学そして言葉こそ大事なりってことを再確認してきました。

上海の街もすっかり日が落ち、歩き疲れてがたがたになった足をおして、なおもアジア的風景の刺激を求めて街を彷徨ってました。街並み・明かり・におい・音、そして庶民の生活風景。
旅で追い求めたものはこういったものでした。

ゲストハウスに戻る道の途中、外灘(バンド)の綺麗さに驚きの声を上げました。写真の車どおりが自分の帰宅時間の遅さを物語ってる気がします。上海は新旧のコントラストが良かったです。

最後の写真はこれぞ
「上海ハニー」。
顔は見てませんが、なんかSEXYでした。
このカップルを見ながら
「二人で居れるっていいなぁ~、俺は一人でなにやってんだろう。彼女が恋しいなぁー」って胸がギュッとなってました。そんな気持ちで対岸の浦東のイルミネーションを見てたのを思い出します。中国人のカップルは仲が良くて、かなり一人身の淋しさを貰いました。
4月29日 朝11:00起床 - 13:25新幹線で上野へ - 18:35成田を飛び立ち - 21:00上海到着 - 24:00ドミに辿り着く。淡白に書くとこんな感じだろうか。
まず新幹線の中で思い出の電子辞典を無くして凹み気分で旅がはじまり、中国入国も果たさぬ入国審査所で写真を撮ったら公安に叱られ、エアポートバスでわけのわからないところで降りてしまい2時間半も上海の街を彷徨い、これで宿が見つからなかったら踏んだり蹴ったりだったのですが、運良く船長青年酒店(youth hostel)のドミトリー60元に泊まることができました。

@成田空港 ノースウエスト・ビジネスラウンジ さすがはビジネスクラスに乗る面々、風格が違いました。僕といえばバックパックを背負いYシャツにジーパン姿、まだサンダルじゃないだけましだったけど、ちょっと浮いてました。

いつもは右に行くところ今回だけ左に行くことができました。ノースウエストのビジネスシートは約178度のリクライニングが利きすごく快適でしたが、食事のほうはエコノミーとさして変わらないような感じを受けました。

船長青年酒店のロビー。ここに着いたのがもう24:00だったので空きがないのを覚悟で聞いたら1つだけ空いてました。6人部屋のドミトリーで1泊60元(約840円)。建物や部屋の中はすごく綺麗で快適に過ごすことができました。上海滞在の5日間すべてここに泊まりました。
この日はほぼ移動時間に取られてしまい、上海では何もせず1日目が終わってしまったので上海での写真はありませんでした。
2日目へ続く。
本日上海より帰国しました。4月29日から5月4日の6日間の上海トリップはあっという間に終わってしまいました。。社会人になって1発目の海外旅行で、6日間というのも過去10回の旅で最短&実質上海滞在は丸4日間と、貴重な時間はほんと忙しく過ぎ去っていきました。

それはまるでこの写真のように。
旅に出る前に計画していた蘇州や杭州への旅もせず、水郷地帯へのショートトリップも取りやめて、上海1都市滞在型に変えました。上海の街を歩き回るうちに疲労は溜まり、ドミトリーで出会った人たちの話やめんどくさがりな性格が相まって結局どこも行きませんでした。5月1日がメーデーで、5月1日から約1週間は中国も休みに入るなんて情報を全然知らなかったのが不覚でした。

その分、上海の街は毎日朝から晩まで歩き回ってきました。それは<いったいどれだけ有酸素運動するんだ?>と自問自答を繰り返しながら。
上海の下町へ行けば行くほどアジア的空間が広がり、夢中でデジカメを向けてました。

並木道をゆくとこんな看板を目にしました。「なにを研究してんだ!?」と思いながらカメラを向けていると、守衛さんが不思議そうな顔してうちの顔を見てました。
綺麗な並木道を歩いていると自転車群が僕を追い越し、それはどこか自分の想像する中国の一風景そのものでした。
こうして今旅を終え、写真を整理してるとほんとくだらない写真の数に驚きます。笑
今回の6日間の旅で撮った写真計275枚。
旅で使うのは時間にお金、残るものといえば思い出と写真くらい、かな。
このほかに旅先での友情・つながりとか、なにかの自信、目標などが見つかれば
旅自体もいいものになったと言えるのかもしれません。その点で言うと、イマイチだったかな・・・どこか街の風景も時間もそして出会った旅人も忙しく目の前を過ぎ去ってしまったような。
これから写真とblogをupしながらゆっくり旅を振り返ろうかなと思います。
またお付き合いくださいませ。 m(. _ .) v